ふくおか県酪農業協同組合

  • みるく情報
  • 透視眼
  • 求人案内
  • リンク
アクセス

透視眼

24年度農業白書を読み解く 乏しい農政転換「新機軸」 酪農は規模から「足踏み期」に
2024年度農業白書は、特集で2025年度からの新たな食料・農業・農村基本計画を取り上げた。スローガンに「農地総量の確保、サスティナブルな農業構造の構築、生産性の抜本的向上による『食料自給力』確保」を掲げた。「国産シフト」が迫られる中で、政策的な「新機軸」に乏しいのが実態だ。酪農は規模拡大路線から転換、体質強化による収益性向上を強調している。
写真=新基本計画とともに2024年度農業白書も議論した農水省審議会企画部会
特集に基本計画・価格形成・スマート農業の三つ
白書特集は①新基本計画②合理的価格形成③スマート農業活用と課題の三つ。
農政転換を踏まえ、今後の政策展開の重要な柱である項目を挙げた。2025年度から今後5年間の具体的目標を示した新基本計画は当然だが、法案審議している価格形成、さらに農業労働人口の急減を踏まえた生産維持、食料供給力を保つためにも最新技術を導入したスマート農業の実装化を説明した。
合わせて最近の農政の注目すべき動き「トッピクス」は五つ。最後の2024年の能登半島地震等への対応は大災害の話題は取り上げるので、それを除けば四つ。
〈24年農業白書トピック〉
・農林水産物・食品の輸出促進
・みどりの食料システム戦略の進展と消費者の行動変容
・女性活躍の推進
・農福連携のさらなる推進
※大災害関連除く
特集とトピックは〈リンク〉している。新基本計画で、さまざまな施策を進め、最終的に「農業経営の『収益力』を高め、農業者の『所得向上』」を“到達点”に掲げた。そのために、スマート農業を駆使して生産性の抜本的向上による「食料自給力」確保をする。生産性を高めることで、輸出へのコスト競争力を高める。トピックでの輸出促進と〈リンク〉する。
一方、特集でのスマート農業加速とトピックの「みどり戦略」消費者行動変容は、上記の〈生産性向上→コスト低下→国際競争力向上→輸出増加「海外からの稼ぐ力」強化〉の、従来の「攻めの農政」「強い農業」路線とは異なる。「みどり戦略」二つの側面を分けた形だ。
「みどり戦略」の生産性向上を支える先端技術を駆使するスマート農業と、環境調和型農業の同時進行という農水省として初めての農政展開を切り分けている。それだけ、低コストと環境重視の同時進行は難しいとの証しかもしれな。トピックの「みどり戦略」と消費者行動変容は、農水省の全補助事業に環境負荷低減の「クロスコンプライアンス」を導入し、「見える化」を通じ持続可能な消費活動を促す取り組みを紹介している。コメについては、生物多様性保全に貢献する取り組みも併せて表示が可能な星の数で示す「みえるらべる」を挙げた。
白書「農業の持続的な発展」
白書で第2章「農業の持続的な発展」が品目別の動向分析だ。
・需給改善で酪農安定支援
酪農関連では「需要に応じた生産と農業経営の安定」で生乳需給改善と生産基盤強化に触れた。脱脂粉乳の過剰在庫削減へ民間事業者の協調的取り組みを支援。「需給改善を通じた乳価引き上げにより、酪農経営の安定に寄与した」と明記。だが、酪肉近の畜産部会論議や自民党畜酪委員会などでも指摘がある国主導の生乳需給調整対応は不十分だ。相次ぐ指摘を受け25年度から主要補助事業に「生乳需給対応の参加」を求める「クロスコンプライアンス」を加えた。
・国産飼料拡大は不十分
農政転換の中で「国産シフト」「過度な輸入依存からの脱却」をどうするのか。畜酪では輸入飼料依存からの転換は、最大の命題のはずだ。酪肉近が求める「生乳キロ当たりの収支最大化」にしても、コストの半分を占める飼料代をどう対応するかで、経営収支が全く異なってくるからだ。
白書では「肥料、飼料など輸入依存度の高い生産資材の国内生産・利用拡大を進め、経営の安定を促す」とした。
飼料では、国産飼料の過度な輸入依存からの脱却に向け、国産飼料の生産・利用拡大を推進。飼料生産も含めた域計画の策定や実現に向けた取り組みを推進。農業生産資材価格が高騰して、耕種農家・畜産農家双方の経営に影響が出ており、耕畜連携の支援を強化した。
自給飼料拡大は酪肉近論議でも課題となった。農水省は、現実的な青刈りトウモロコシの増産を前面に出した。良質粗飼料の確保となるが、問題は極端に低い輸入トウモロコシ代替の濃厚飼料の供給拡大だ。子実用トウモロコシ増産は解決策の一つ。だが実際には輸入とのコスト差が5割以上あり、国産代替推進の課題は大きい。飼料「国産シフト」を本気で踏み出すのなら、国産子実用トウモロコシの実証モデル地区を北海道から九州までの各地に設置し、低コスト・生産性向上の新品種開発、栽培管理、流通・供給の一貫体制と耕畜連携のモデル推進など、大胆な具体策を加速することが欠かせない。今の青刈りトウモロコシ一本足打法では、国産飼料拡大は不十分だ。
25年酪肉近「需要に応じた生産」
・目指す方向は4本柱
新基本計画と並行して論議した新酪肉近の目指す方向は4つ。特に畜酪経営の安定、持続可能な生産のために、需要拡大の重要性を説いた。
◇目指す方向
・需要に応じた生産
・従来生産手法の見直しを含むコスト低減、生産性向上
・国産飼料拡大を通じた輸入飼料依存度の低減
・環境負荷軽減の推進
目指す方向のうち、最も強調しているのが「需要に応じた生産」。生産者団体、関係業界、行政が一体でいかに生乳、牛肉の需要を拡大し、需給不均衡の現状を乗り切っていくのかが最重要課題としている。2030年度目標の新酪肉近は、今後の生産拡大を射程に据えた「足踏み期」とも言える。生産基盤と飼養戸数を出来るだけ維持しながら、この変革期をどう乗り切るか、という問題意識だ。
・副題「変革の時代」と「キロ収支最大化を」
新酪肉近の副題は「変革の時代を切り拓く新ビジョン」。農水省は、今後5年間を射程に、「変革の時代」をどう乗り切るのかという「前向きのビジョン」を盛り込んだと強調している。「変革」とは、これまでの対応では課題を解決できず、新たな手法が欠かせないとの意味合いが強い。
今後の酪農経営安定に「生乳1キロ当たりの収支を最大化すべき」と明記した。乳価を基本に「総合的な経営力」を促す。
具体的には、生産性向上や経営高度化を図りつつ、国産飼料など経営資源に見合った安定的な経営体の実現が、持続可能な経営につながると指摘。①経営資源に見合った生産規模②酪農家自らの経営分析・改善の推進③多様な経営体の増加――などを政策的に推し進める。
持続的な畜酪には「総合的な経営力」を備え、規模に偏らない収益性で堅実な経営を目指す。つまりは「自助努力」と「自己研鑽」が最重要とした。
乳価上げで酪肉近「始動」
2025年度を象徴するニュースを見たい。苦境に立つ酪農支援の動きだ。
・関東「先行」、飲用キロ4円
大手乳業メーカーと指定生乳生産者団体との2025年度飲用乳価交渉は、関東が「先行」しキロ4円引き上げで決着した。「全国でも同様の方向で決着する見通し」(中央酪農会議)。新酪肉近スタート初年度の乳価上げは、酪農家にとって「朗報」だ。背景と課題を探りたい。
25年度飲用乳価交渉は、首都圏の大消費地を抱える関東生乳販連が先行して決着した。コロナ禍以降の2020年代では22年度、23年度、今回の3度目で合計キロ24円となる。
◇最近の関東生乳販連乳価引き上げの動き
・2019年4月→4円
・2022年11月→10円
・2023年8月→10円
・2025年8月→4円
※額は生乳キロ当たり、飲用向け、発酵乳
ただ、これだけ上がっても、生産現場では飼料、光熱費などコストの高止まりをカバーできる水準ではないとの指摘が強い。
加えて、酪農経営継続で大きな判断が迫られているのが、農業機械や搾乳ロボットの更新など、インフラ投資の対応だ。大型機械が多い酪農関連機器はヨーロッパ製など外国製品の割合も高く、大型酪農ほど更新コストがかかる。しかも円安の諸物価高で農機価格は、ここ数年で大きく上がっている。今回の4円値上げでも、生産現場からはここ数年の10円上げに比べ小幅値上げに過ぎないと、不満の声も出ているほどだ。
・酪農加速懸念で生処一致
通常、飲用乳価交渉は需給状況が反映する。
生乳不足ならば指定団体有利の「売り手市場」となり乳業の工場稼働率が悪くなるため買い入れ乳量を増やそうと、乳価引き上げに傾く。問題はスーパー、生協などとの納入価格交渉となるが、需給ひっ迫なら小売りへの値上げも通りやすくやる。逆に過剰時は、いくら酪農家の経営が苦しくても据え置きや乳価下げの圧力が強まる。
この構図が崩れたのがコロナ禍の異常事態だ。2022年11月のキロ10円という引き上げは過剰下でも酪農家ほぼ全体が赤字経営に陥る中で、決断された初めてのケースだ。ただ、牛乳小売価格の値上げが消費離れを起こし、牛乳需要がさらに減りかねず、結果的に酪農の生乳減産にもつながる「悪循環」の懸念が常にあった。
しかし、ここ1,2年は状況が変わった。円安、インフレで食品をはじめあらゆるものが価格改定で値上がり、乳価引き上げの余地が大きく広がっている。こうした経済全般の状況変化に加え、酪農家1万戸大台割れの中で、乳価上げで離農加速に何とか歯止めをかけるメッセージにしたいとの酪農団体、乳業メーカー双方の危機感の一致もあった。
・8月上げは需給ひっ迫、コンビニ対応
25年度乳価交渉は、早い段階から生処双方とも「乳価引き上げ」方向では一致していた。問題はいつから、いくらの値幅とするか。関東生乳販連が交渉決着を正式発表したのは3月30日と年度末ぎりぎりのタイミング。最終調整が難航したことが、新年度当初の4月からではなく数カ月遅れの原乳からの引き上げとなった。
いつ、いくらは、いくつかの選択肢が出ていた。関係者によると、早いのは6月上げ、次いで7月キロ3円、8月キロ4円など。最大手・明治が主導したが、「牛乳販売シェアが高まっているコンビニエンスストアの末端小売の値上げが浸透するまで3カ月程度かかる」と説明したと言う。当然、乳価引き上げはやむを得ないにしても、開始時期を遅らせた方が乳業メーカーの財源負担も軽減されるとの判断も働いた。 最終的に、夏場の需給ひっ迫期で需要が強い8月からキロ4円で最終合意となった。
・「需要拡大」と小売価格10円上げ
生産者価格キロ4円上げは、販売業者、物流、諸経費などを加えると、消費者への末端小売価格は1リットル当たり10円から15円程度の値上げとなる。最終的には、小売り各社の営業戦略や各店舗の判断となる。
Jミルク調査の平均小売価格は同250円前後だが、実際の小売価格は非系統原乳の中小メーカー中心の同190円前後から、明治、雪印メグミルク、森永、農協牛乳など大手メーカーの270円前後に「両極化」している。全体的には牛乳販促のため大手の値下げ傾向で、週末特売セールも増えてきた。8月からの飲用乳価値上げが、今後の小売価格にどう影響を及ぼすか。小売価格引き上げ要因になることは間違いないが、問題は上げ幅だ。
飲用乳価とは別に、ホクレンは6月から乳製品向け乳価を引き上げる。過剰の脱脂粉乳はキロ3円、引き合いが強いバターと生クリームは+7円の10円上げで乳業メーカーと決着している。
こうした中で、25年度は全国酪農家対象の飲用向けと、主に北海道が中心の加工向けでともに生産者価格が引き上げることになる。
25年度は、2030年までの今後5年間を展望した新たな酪農肉用牛生産近代化基本方針スタート。乳価上げで、新酪肉近は酪農家の所得増加を踏まえた始動となった。こうした中で、新酪肉近最大課題だとした「需要に応じた生産」。逆に言えば、乳価値上げが「需要拡大」と連動しなければ、またしても「減産」が迫られかねない。問題は「夏場の需給」だ。


(次回「透視眼」は8月号)