2025年7月20日の参院選は、これまでとは様相が一変し、事実上の「政権選択選挙」と化した。自公政権には厳しい審判が下ったが、争点の一つに食料安全保障、農政の見直しが上ったことは重要だ。筆者の7月新著『激変!農政のゆくえ』(kkベストブック刊)と重ね、今後の政局・農政を考えたい。
写真=筆者新著『激変!農政のゆくえ』と与党に大逆風が吹いた参院選(千葉県選挙区で)
衆参で少数与党に転落
参院選の投開票結果は与党過半数割れとなり、自民党は戦後初めて衆参での少数与党に陥った。一方で、自動車をはじめわが国経済にも重大な影響を与える8月1日の日米関税交渉の期限を迎えるなど、国内外の対応を待ったなしの状況だ。できるだけ政治空白は避けなければならない。
投開票日の7月20日は、吉凶を占う暦注の六曜で「先勝」。先手必勝が大事で、事を起こすなら午前中がいい。遅れれば遅れるほど凶となるとされる。結果はその通りとなった。先制攻撃は野党側で、特に分かりやすいキャッチフレーズを掲げた国民民主と参政党が大幅に伸びた。参院過半数は125。与党122、野党は126と参議院でも野党が多数となり、与党が出した予算、法案が通らずいいつ「政局」になるか分からない。さらに与党にとって厳しい事態は、3年後の次期参院選では改選が与党75、野党48と、自公が圧倒的に多いことだ。逆風が続けば早晩、自公政権は立ち行かなくなる。
〇今後の政治日程
・8月1日 日米関税交渉の期限
・8月上旬 参院選を受けた議席確定の臨時国会
・8月15日 終戦記念日・戦後80年
・8月20日 横浜で第9回アフリカ開発会議(TICAD9)
・8月下旬 26年度予算概算要求締め切り
・秋 臨時国会 25年度補正予算案審議?
・9月下旬 米国で国連総会、一連の首脳外交
・10月1日 石破内閣発足1年
・10月下旬 アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議
・11月15日 自民党結党80年
・年末 26年度予算案の閣議決定
・26年1月下旬 通常国会召集
「小泉農政劇場」に農民票離反
自民敗北の一つは農業県が多い「1人区」での劣勢だ。それと、消費者サイドの発言が目立つ小泉進次郎農相の言動を結び付ける見方も強い。
今回の参院選を取材して印象に残った一つに7月3日の公示日当日の動き。全国農政連推薦・東野秀樹氏の出陣式にはわざわざ森山裕自民党幹事長が弁士として駆け付けた。そして東野氏と同じJA組合長出身の藤木真也参院議員。藤木氏は「5月20日を境に事務所にかかってくる電話の内容ががらりと変わった。自民党は何を考えているのだと」と危機感、逆風の強さを話した。5月20日とは「令和のコメ騒動」で江藤、小泉農相交代のタイミングを指す。小泉氏の米価下げ一辺倒で農村軽視とも受け取れる言動を危惧したものだ。
筆者と小泉氏とは“接点“は、2015年前後のさまざまな政策が強行された安倍一強体制下の「官邸農政」時にさかのぼる。象徴的な場面を振り返る。株式会社化も含む全農改革が最大の山場を迎えた2016年秋。9月5日夕方。小泉氏は突然、東京・大手町のJAビルに出向き全中、全農ら全国連首脳陣に改革の協力を要請したのだ。この日、テレビや新聞のカメラの放列の前に奥野兵衛全中会長(当時)ら全国連首脳を連れて現れた小泉氏は「改革での大きな方向性の認識は共有できた」と自民、農業団体の共同歩調を演出して見せた。まさに「小泉農政劇場」そのものである。
そして、同日のぶら下がり会見の後に突然、小泉氏は標的とする全農の役員室を見たいと言い出す。小泉氏、神出元一全農専務(当時、後に理事長)、筆者の3人はエレベーターに乗りJAビル35階へ。小泉氏は「全農幹部がどんなところで仕事をしているのか実際にこの目で確かめたい」と話した。これも、小泉流の相手中枢への政治的プレッシャーの演技だったのだろう。まさに敵陣に〈乗り込む〉雰囲気を醸した。詳しくは拙著『農政記者四十年』(2021年、農林統計協会)を参考にされたい。
小泉農相の最大の強みは、分かりやすく印象に残るワンフレーズと発信力。選挙中、酷暑でも白の長袖ワイシャツをひとまくりし若さ全面に絵になる。できるだけマスコミの取材にも応じ露出度が高く、メディアを味方につけるすべを身につけている。
だが一般大衆受けは良くても、農村部はそうはいかない。筆者も10年前の安倍政権全盛時の「官邸農政」と絡め、当時、34歳の若手自民農林部会長で「農政改革」「農協改革」「全農改革」「生乳改革」に切り込んだ小泉氏の姿を思い出す。つまりは農業者、農業団体関係者は小泉への警戒感が根強いのだ。2015年前後の「官邸農政」の“3人組”として西川公也自民農林幹部、奥原正明農水省幹部、小泉進次郎氏の名前が上がる。今回の「令和のコメ騒動」での「小泉農相の言動の陰には奥原元事務次官の存在があるのではないか」との指摘さえある。
こうした中での参院選。全国農政連推薦の東野秀樹氏は小泉農相とは帯同していない。消費者重視と農業者重視、いわば水と油の関係で、小泉氏は農村部で応援演説に回れば回るほど農民票は離反した。東北「1人区」での自民惨敗の一因との指摘も強い。
〇2025年小泉進次郎農相語録
・消費者の目線でやってこなければいけなかった改革が遅れている
・消費者の立場を考え農政を実現する
・明確に政治の意思を持って米価を下げていく
・緊急輸入も含めて、あらゆる選択肢を持って向かいたい
・聖域なく、あらゆることを考えてコメの価格の安定を実現していく
・(コメの供給を)じゃぶじゃぶにしていかなきゃいけない。そうじゃなかったら価格は下がらない
・生産者米価はこれまでの概算金方式から買取方式に転換し、生産者の手取り価格を増やすべきではないか
・セーフティーネットを構築する議論は27年度以降の新たな水田政策の構築に向けてやっていく
自民大逆風下、農政連代表の東野氏19万票で当選
筆者の携帯に「朝方になりましたが東野氏当選。ありがとうございました」と全中部長からラインで連絡が入ったのが21日午前8時過ぎ。テレビで当確が出たのが同日朝方午前6時19分。もし落選となれば、JAグループの政治力、求心力は一気に落ち今後の農政展開にも影響しかねない。まさには〈薄氷の勝利〉だったのか。
全国農政連は、引退する元JA全中専務の後継に東野秀樹氏(北海道・前JA道北なよろ組合長)を推薦し、自民全国比例で当選を目指した。結果は、総得票数18万7946票、同党比例得票で4位となった。3年に一度の参院選比例代表で全国農政連推薦候補の得票数は毎回下がり続けていた。今回は、22年の得票数は200票強上回り、ようやく下げ止まりとなった。消費者重視を全面に出した「小泉農政劇場」が続く中で、それだけ農業団体の危機意識を映した選挙運動だった。
〇全国農政連の参院選比例代表の推移
・2007年 山田俊男氏(元JA全中専務)→44万9183票(2位)
・2013年 山田氏→33万8485票(2位)
・2016年 藤木真也氏(元JA全青協会長)→23万6119票(8位)
・2019年 山田氏→21万7619票(9位)※
・2022年 藤木氏→18万7740票(9位)※
・2025年 東野秀樹氏(北海道・前JA道北なよろ組合長)→18万7946票(6位)※
※上位2人は「特別枠」で当選、得票数ではいずれも7位、東野氏は4位
「農業者の苦労報われる農政こそ」強調
全国農政連候補に北海道出身の東野氏と聞いた時に、正直言って果たして当選するだろうかといくつかの不安材料が浮かんだ。
まず北海道という点だ。強みと弱みを併せ持つ。大規模専業地帯で農政の知見は人一倍だろう。国会議員になれば即戦力となり得る。逆に、大票田の首都圏や関西圏などの都市部、あるいは地理的にも遠く気候も全く違う九州をはじめ西日本はなじみがない。次に知名度。JA組合長出身ということは生産現場を知っているという強みを持つ。一方で全国連役員出身とは異なり、一地方出身者に過ぎず、知っている人はほとんどいない。
当選するボーダーラインはどうなるのか。さまざまな不祥事にも重なり自民党には逆風がやまない。最低でも15万票以上、できれば20万票前後は必要だろうと予想した。まずは地元北海道でどれだけ得票できるのかが最大のカギを握る。だが大きな“壁”が立ちふさがる。北海道は広くて人口密度が低い。大農業地帯は十勝など道東。どれほどの集票をできるのか。歴史的に自民vs社会といった保革激突の地域で、旧民主党の流れをくむ北海道農民連盟が大きな政治力を持つ。そして、自民党比例代表から出馬した政治的に著名な鈴木宗男氏の影響だ。筆者とは旧知の政治家で、森山裕自民幹事長とも関係が深い。「鈴木宗男氏は北海道で5万票は取るだろう。それだけ東野氏は票が減る」と直感した。そして「当選は一筋縄ではいかない。難しい選挙になる」と思った。
結果的に、東野氏は自民比例得票で全国4位と抜け出した。農政連の全国ネットワーク、組織力のたまものだ。東野氏の都道府県別得票ベスト5は①北海道4万2263票②愛知1万5031票③福岡8039票④熊本7572票⑤和歌山7093票。さらに5000票台で宮崎、新潟、鹿児島が続く。全国農政連の長谷川浩敏会長は「自民党への逆風の中、農業者、JAグループの最後の結集力が大きかった」と手応えを語った。同じ農政連推薦議員で選挙期間中、東野氏に帯同した藤木真也参院議員は「これで参院は農家出身が二人態勢になる。厳しい選挙戦で当選できたことは大きい」としている。
先の東野氏得票ベスト5と絡めれば、地元北海道で5万票には届かなかったが4万2000票台を得た。ちなみに鈴木宗男氏は全体で13万2633票、うち北海道で5万3523票を獲得し、滑り込みで当選した。2番目の愛知は長谷川農政連会長の地元、4番目の熊本は藤木氏の地元。3番目の福岡は福岡市など大都市を抱え農政運動も盛んな地だ。和歌山は中家徹前J全中会長の出身地で影響力を持ったのかもしれない。
全体的に見れば、強力な競合相手がいたにもかかわらず、地元北海道で得票と積み上げ、農政連会長、九州でも集票力を発揮し当選した姿が浮き彫りとなる。今後は農政に強みを持つ専業農業地帯のJA組合長・農家代表として、中小農家も含めたまっとうな農政展開にどう力を発揮していくのかが問われる。当選時、東野氏は「苦労して頑張っている農業者が、経済的に成り立つ農業にしなければ真の担い手対策にはならない」と、生産現場重視を訴えた。
最新農政ドキュメント、新著『激変!農政のゆくえ』
衆参とも少数与党という激震の参院選を経て、今後の農政はどこへ行くのか。そこで、筆者が7月に刊行した『激変!農政のゆくえ』(kkベストブック刊)を紹介したい。
本書の特徴は、揺れ動く農業政策の断面を、取材歴半世紀近い農政ジャーナリストの知見をもとにした最新の「農政ドキュメント」という点だ。消費者米価値下げ一辺倒で、生産現場に不安も招く「小泉農政劇場」にも言及した。
本書は「迷走農政」の実態を、国内農業を支える2つの品目「コメ」と「牛乳」で読み解く。いかに食料自給率を高めていくのか“国産シフト”の視点で、農政のドン・森山裕自民党幹事長、山野徹JA全中会長らのインタビューも通じ考える。筆者の原点は、記者駆け出しの1978年の北海道時代。コメを作らせない政策が本格化する水田利用再編対策、さらには最大手・雪印乳業(当時)による原料乳約15万トンものホクレンへの一方的な削減通告「雪印需給削減事件」に直面する取材現場も回想、いまの“激変農政“にも結び付けていく。
参院選も含め現在、最大の農政課題となっているコメ問題に関連して第2章「令和のコメ騒動と水田農業」では不毛の犯人捜しと「農政トライアングル」の妄想を探る。コメ不足、高騰の主因は需給ギャップだが、農水省の過度のマーケットイン、需要最優先の政策が結局は産地の活力を奪った側面もある。そこで“復権プロダクトアウト”、つまりは産地力の再興にどう政策が支援していくかが今後のカギを握る。同章追補で塩飽元農水審議官メモを読み解く「UR農業交渉の舞台裏」。日本農業が本格的な市場開放に向かう1993年合意のガットウルグアイラウンド農業交渉と、コメ部分開放の舞台裏を、交渉担当官のメモをもとにひも解く。塩飽元農水審議官の「本当の戦う場は国内」の言葉は、いまの「令和のコメ騒動」における財界や農政合理派らによる「米国産米の輸入で需給安定を図ればいい」などの暴論を聞くたびに、正鵠を射た指摘だとかみしめる。
酪農・乳業の現状と課題、今後を考える第3章「ミルクのミライ」は、約50ページの分量を割く。新酪肉近の実態と課題、酪農家1万戸割れにもつながった“欠陥法”改正畜安法の問題点と生乳の全国的需給調整の動きを見る。酪肉近論議では、日本農業最大のアキレス腱である飼料の輸入依存の課題が事実上先送りとなった問題点を強調。改正畜安法以降、指定団体以外の生乳自主流通の取り扱いが50万トン前後と拡大する中で、酪農家の経営安定のために同法抜本改正も含め全国協調型の需給調整実施に国が深く関与すべきと主張する。
肝は第4章「国産シフト誰が担う」。食料安全保障の確立のために、「競争」から「共創」へ協同組合の有意性と可能性を説く。
末尾に今春策定「食料・農業・農村基本計画」関連資料を置き、データーとしても役立つ。
(次回「透視眼」は10月号)