食料安全保障再構築がスタートした2025年は、酪農乳業をめぐっても大きな動きがあった。当面の最大課題は生乳需給の正常化だ。政権は高市早苗首相に交代して新たな政策も具体化しつつある。今年の酪農乳業10大ニュースを読み解く。併せて“薄氷”高市政権も考察する。
写真=自民党総裁選前日の小泉進次郎農相(当時)。次期総裁最有力候補として農水省のぶら下がり会見では多くのメディアが集まった。筆者も話に加わった(2025年10月3日午前、農水省大臣室前で)
古希「自民党」の憂鬱
今年最後の農政コラム「透視眼」は、政治と酪農・乳業を振り返る。
まず政治。人の年齢に例えれば古代稀なりの「古希」を迎えた政権党・自民党は金属疲労とも言える党勢の衰えが露出している。
70年前、台頭する左派勢力に対抗するため1955年11月15日、保守合同から誕生した。社会党の左右合同と合わせ「1955年体制」と呼ばれた自民党は今、多数派工作したもののなお参院で過半数割れの“薄氷”の政権運営を余儀なくされている。
しかも1999年から四半世紀続けてきた公明党との連立をやめ、新たに組んだ相手は農業関係者が警戒を強める規制改革路線の日本維新の会だ。自民党農林族・最高幹部森山裕前幹事長をはじめ、自民党の「憂鬱」は募る。維新が連立から離れれば、現政権は一挙に窮地に陥り、政権交代も視野に再びの政局となる。
連立相手「維新」はどう出る
新たな連立相手・維新はどう出るのか。農業団体が最も警戒するのが同党のかねてからの自論である農協事業の信共分離。つまりは信用・共済事業を切り離し、JA総合事業を抜本的に変える発想だ。事実上の農協解体に行く着きかねない劇薬だ。
だが、いまのところ維新は参院選農政公約で含まれる信共分離などの〈牙〉を見せていない。夏の参院選での農政公約と総合経済対策を踏まえた同党の農業提言を見よう。
◇2025年参院選での維新農政公約
〈食料自給率〉
・大規模化を進め、コメを手ごろな価格で安定供給できる政策を実現。食料自給率を抜本的に改善する
〈農地〉
・構造改革特区による一般企業の農試取得を進める
・多様な企業が農業に参入できるように農地所有適格法人の要件を緩和する
・外国資本や外国人による農地取得を制限する
〈農業団体〉
・地域農協(単位JA)からの金融部門分離を促す
・団体と適切な距離を保ち、政策を公正に進める
〈コメ対策〉
・コメの生産量を1・5倍に大幅増産
・コメの輸出を大幅に増やす
・セーフティーネット対策を強化する
・コメ関税を時限的に大幅に引き下げ
◇総合経済対策での農業分野の主な提言
・企業参入の促進による生産性向上
・共同利用施設の再編・合理化に向けた補助率抜本拡充
・米粉用米、麦、大豆などの安定供給・増産への措置・拡充
・多収・高温耐性品種や低コスト機械などの開発加速
・鳥獣被害対策の大幅強化
・山林や耕作放棄地対策へ環境整備予算の新設
これらを見ると、与党入りしてからの直近の農政提言では、自民党とある程度歩調を合わせている。冒頭の企業の農業参入を掲げたところが規制緩和、新自由主義政党らしいが、全体としては地域農業振興とのバランスを取っている。JA全中などは事務レベルで維新と接触を図るなど、動向を注視している。
提言の中で、「多収品種」の開発加速は、特に良質米に偏重したコメで求められるものだ。コスト削減には規模拡大と単収アップが欠かせないが、規模拡大は中山間地で容易ではなく単収アップ、多収性品種、できれば10アール収量1トン取りなどの超多収品種の開発が急がれる。
「2025年体制」と“官邸官僚”の影
先の自社2大政党「1955年体制」になぞらえれば、現在は70年の時を経て「2025年体制」とも言える。この体制は四半世紀ぶりの与党の連立組み替えと、多党化の流れだ。
この中で、農業関係で注意しなければならないのは、高市早苗首相が故・安倍晋三元首相の流れをくんでいることと重なる。10年前の安倍一強時代の自由化、規制緩和の流れは先に述べてように理不尽な農協改革、農政改革に結び付いた。
建前では食料安全保障、食料自給率100%を目指すとした高市首相が同様の対応を取るとは考えられないが、「官邸主導」を強め、10年前当時の「官邸官僚」が見え隠れすることだ。官邸にはTPP、農協改革などにも関与した元経産官僚・今井尚哉が再び入った。農協嫌いの改革派農水官僚・元農水次官の奥原正明氏も「令和のコメ騒動」、森山前幹事長が牽引した改正基本法、食料安保路線などで批判を強めている。さらには米国べったりのエコノミスト・竹中平蔵氏の影響力も取りざたされている。維新との親和性も強い。今井、奥原、竹中とくれば農協改革、いや改悪三羽烏でもある。
政治体制を見ると、「1955年体制」を経て、自民党野党転落に伴う共産党を除く細川野党連立政権の「1993年体制」、自公連立が実現した「1999年体制」、さらには民主党からの政権奪還と安倍1強体制が確立した「2015年体制」と変遷していく。
農業分野に大きな影響を与えたのが「1993年体制」と「2015年体制」だ。1993年の細川政権でガットウルグアイラウンド合意、コメの部分自由化をはじめ農業総自由化路線へ向かっていく。党内の異論も封じた安倍一強の「2015年体制」で、農業関連では関税ゼロを大前提としたTPP交渉妥結、それに反対した全中の農協法外し、その後の全農改革、現行指定団体制度廃止に伴う改正畜産経営安定法制定へと向かう。
こうした中で、新たな政治「2025年体制」は、農業政策にどう影響を与えていくのか。警戒が必要だ。
「歌舞伎役者」進次郎と「超リアリスト」憲和の新旧農相
ここで、農政の表舞台の主役・農相の対応を見よう。くるくる変わり一定しない農業政策を「猫の目農政」というが、この1年間の農相は、「令和のコメ騒動」の最中で江藤拓、小泉進次郎、現在の鈴木憲和と3人も交代した。
この中で小泉氏は、10年前の安倍一強「2015年体制」時、34歳の若さで自民党農林部会長を務め、時には農業団体と激しき対立する農政改革の“切り込み隊長“役を務めた人物だ。44歳で農相を務め米価鎮静化に奔走した。その手法は劇場型だ。マスコミ受けする見栄えのいい〈歌舞伎役者〉のような立ち居振る舞いが目立った。視点は消費者重視で生産者の不安解消は後回しで終始したと言っていい。
10月に就任した鈴木憲和氏は42歳で農相となる元農水キャリア官僚。農業県・山形出身で、農協代表・藤木真也参院議員によれば、「小泉氏は我々農林族の話さえ聞いてくれなかった。鈴木氏は話を聞いてくれる。山形県のJAグループとも関係は良い。ただ官僚出身ですから」と意味深な返事をした。その見立て通り、鈴木氏は超リアリスト。理屈先行で、生産現場にも足しげく通う。農林族だが、その手腕、評価はまだ不透明だ。
2025酪農乳業10大ニュース
「政治」はこのへんとして、酪農乳業問題にテーマを移そう。
筆者が選定した酪農乳業10大ニュースは次の通り。
◎2025年酪農乳業10大ニュース
・農業構造転換5カ年集中期間で食料安保再構築始動
・「令和のコメ騒動」余波、飼料自給率低下も
・新酪肉近スタート、拡大路線から転換
・改正畜安法是正へ「需給」セットの補助事業
・Jミルクが需給変動対応基金創設、年明け発動
・「牛乳でスマイル」業界挙げ需要拡大
・10月に福島で全農、全酪連が乳製品新会社
・北海道へ工場新増設相次ぐ一方で都府県は閉鎖
・熊対策、酪農にも脅威
・2026年度畜酪価格決定に「過剰」の重し
(※12月下旬決定の26年度畜酪決定の見通し含む)
今年は食料安保の本格始動、新たな基本計画策定、同時に新酪肉近スタート。さらには乳価引き上げと、脱脂粉乳の過剰深刻化、飲用牛乳の低迷に伴う生乳需給緩和をどうするのかが大きな問題となり、課題は例年意向に持ち越された。
今後の話題では12月下旬決定の2026年度畜酪政策価格・関連対策でも、需給緩和の「重し」が終始つきまとうのは間違いない。また人間に危害を加える熊対策は果樹を中心に農業にも深刻な影響を与えている。しかし、それは酪農にも今後影を落とす。放牧などはもちろんだが、乳牛への被害も想定される。
全酪連、全農が系統主導需給調整
系統主導で生乳需給調整機能強化へ具体的な動きだ。全酪連、JA全農など4生産者団体は10月1日、福島県郡山市に新たな乳製品会社「らくのう乳業」を設立した。3年後には新乳製品工場が稼働する予定。酪農・乳業界の大きな課題である都府県での加工処理対応が、東日本地区で拡充する。
全国連、指定団体で構成する中央酪農会議は今回の系統主導の乳製品会社、工場建設の動きを「総合農協、専門農協が共同歩調で対応するのは国内酪農需給安定にとって大きな意義を持つ。関係する指定団体も一部だが出資に加わり酪農系統挙げた対応となったことも重要だ」と見る。
設備投資は合計165億円程度で3年後の2028年末の稼働を見込む。岩手県二戸市にある老朽化した既存工場(全酪連北福岡工場)に代わり、福島県郡山市の新工場では生乳処理能力を1日当たり280トンから最大400トンに拡充する。バター、脱脂粉乳、生クリーム、脱脂濃縮乳を製造する。東日本では、北福岡工場以外にも小岩井乳業小岩井工場(岩手県雫石町)、森永乳業福島工場(福島市)、全農筑波玉里工場(茨城県小美玉市)の3工場がある。
総合農協と専門農協が共同出資する形で、系統主導で需給調整機能を高め酪農家の生産基盤維持へ具体的に動き出したことが大きなポイントだ。全酪連と全農が共同で事業展開するのは初めて。農協ブランドのバター製造など新商品開発も視野に入れる。
新会社の資本金は19億2000万円。出資比率は全酪連と全農が各49・5%。東北生乳販連と関東生乳販連がそれぞれ0・5%。全国連に加え、関係指定団体も加わった意味合いも大きい。東北、関東の両生乳販連の管内は、2023年度生乳生産量で都府県全体の51%、乳製品仕向けの販売量で64%を占めている。
需給緩和期の対応を踏まえ、Jミルクの渡辺裕一郎専務は9月30日の会見で、今回の新乳製品会社設立に伴う需給調整の役割発揮に期待を示した。
同専務は「加工処理、生乳需給調整機能の発揮に期待したい。現状は都府県で7カ所の加工処理工場があるが、老朽化などもあり、生乳受け入れ態勢も限界に近い。今回の全酪連、全農などの福島での新会社設立は東日本地区を視野に入れたもの」と評価。一方で「新工場稼働は3年後だ。当面は業界挙げた国産牛乳・乳製品の需要拡大を強力に進める必要がある。既存乳製品工場の稼働率最大化や市乳工場におけるタンク貯乳量の最大化、生乳使用率の高い製品の販売促進が問われる」と、喫緊の対応の乗り切り策を具体的に挙げた。
4月からスタートした新酪肉近でも「都府県を中心とした生乳需給調整能力の維持・強化が課題」と明記。今回の新工場建設は酪肉近の問題意識と合致する。農水省も「生乳需給調整基幹施設整備事業」などで建設費を支援する方針だ。西日本でも関係者の協議が具体化すれば、需給調整工場の整備・能力拡充などで国の支援が求められる。
全酪連、全農が4者共同出資の新たな乳製品製造会社設立を発表したのは7月25日。同月31日の24年度事業実績を了承する全農総代会後の記者会見で、筆者は畜酪担当の斎藤良樹全農専務に、新乳製品工場建設の狙いを聞いた。斎藤専務が強調したのは「生産者の全国組織、協同組合組織として、いかに酪農家の生産基盤を守り抜くか」だ。
筆者は「改正畜安法で生乳流通自由化が進み、非系統の割合が増し生乳需給調整に重大な支障が出ている。指定団体傘下の受託酪農家戸数は1万戸割れで9000戸に近づく。特に都府県での加工処理施設の不足は大きな課題だ。こうした中での全農、全酪連、指定団体共同出資の乳製品新会社、工場建設の動きは画期的だ。背景と狙いを説明してほしい」と求めた。
齋藤専務は「指摘のように酪農家の離農が加速している。持続可能な酪農経営には生乳需給安定が欠かせない。こうした中で都府県の加工処理体制の拡充が急務と判断した。今回は東日本地区だが、西日本地区も同様の課題を抱えている。全農も生乳需給調整対応に積極的にかかわり酪農の生産基盤維持・強化に貢献していきたい」と応じた。
酪農乳業界の喫緊の課題は二つ。夏場の生乳最需要期の北海道から本州への供給体制と年末年始、年度末の不需要期の需給調整と乳製品への加工処理対応だ。いずれも飲用牛乳の安定的な需要先である学校給食用牛乳の再開と停止が関係している。
2025年度は、二つの課題のうち夏場、特に学乳再開直後の9月上・中旬の生乳需要ピークは主産地・北海道の生産「上振れ」や都府県の生乳生産の頑張りで、ほぼ混乱なく乗り切った。
今後の難題は年末年始、3月学校春期休校の年度末の生乳需給緩和期対応だ。
乳資源確保へ大手メーカー、道東に積極投資
2026年春策定の今後5年間を展望する「北海道版酪肉近」論議では、前述した需要拡大と生基盤の維持を大前提とした生産目標とともに、増産の処理態勢の在り方も大きなテーマに浮上している。道内での大手乳業メーカーを中心とした相次ぐ牛乳・乳製品工場増設の動きを踏まえた。
道内の生乳需給調整を担う道内乳業工場の再編、集約の合理化の行方と課題は、今後の北海道酪農振興にも大きな影響を及ぼす。大手乳業の相次ぐ増設の表明は、都府県酪農の離農に歯止めがかからず地盤沈下委が続く中で、原料確保、乳資源の確実な確保を求める乳業メーカーの企業戦略の表れでもある。主な動きを見よう。
〇北海道内の大手3社乳業工場新増設の動き
・明治→480億円投じ根釧地区新工場(最大50万トン、余乳処理、輸出も視野)
・雪メグ→460億円かけ中標津工場で高付加価値チーズ大幅増強、需給調整機能強化
・森永→147億円投じ恵庭市に牛乳新工場。LL牛乳供給でネット販売、輸出視野
※別途、都府県余乳処理で全酪連、全農、指定団体の福島での乳製品工場新設の動き
最大手・明治は480億円を投じ道東・中標津町計根別地区に年間最大処理量50万トンの大型乳製品工場を建設中で1年半後の2027年3月から操業を開始する。明治HDの松田克也社長は「北海道の乳の価値を世界に広げていく工場となる」と強調する。乳たんぱくに付加価値を加えた新製品、イスラム圏輸出も念頭に「ハラル認証」、余乳処理など需給調整を担う明治の戦略的拠点の位置づけだ。
2025年に創業100年を迎えた雪印メグミルクは、「攻めの戦略」を展開中だ。創業の地・北海道での一層のブランド力強化も目指し460億円をかけ既存の中標津工場の設備を大幅に増強する。ナチュラルチーズ製造拠点の拡充は、今後の需要動向をにらみ新たな高付加価値チーズ生産の青写真を描く。現在の脱脂粉乳過剰という構造的な課題にも対応し、乳製品の全固形分需要拡大で、生乳需給の安定化に貢献、酪農経営への支援にも役立てる。同工場で製造した原料用チーズを茨城・阿見工場で加工・新たな高付加価値チーズを製造する。生産の過程で発生するホエイパウダー処理設備の現状の3倍に拡大する。
森永乳業は輸出に照準を当てた。北海道恵庭市に、常温で長期保存が可能なロングライフミルク(LL牛乳)を中心とした牛乳類製品の新工場を建設する。飲用向けは都府県中心で、北海道は乳製品工場が多いが、都府県の酪農地盤沈下の中で、牛乳でも北海道の原料確保に動いた事例だ。LL牛乳の強みは保存性だが、今後拡大が見込まれるネット販売での電子商取引や輸出分野での新規需要開拓にも力を入れる。飲用牛乳工場再編でも明治が先行しており、既に2022年7月に120億円かけ同じ恵庭市に主力ブランド「明治のおいしい牛乳」を中心とした新工場を課題している。
一方で、道東に集中した乳業工場増設の動きは、他の生産地から生乳を運ぶ輸送コストをどうするのか、特定地域への大型工場偏重は災害リスクも大きくなりかねないなど、今後の課題も浮き彫りとなってきた。
(次回「透視眼」は2026年1月号)